The Tokyo Korean Christian Church in Japan
途中下車の旅
「主よ、あなたの道をわたしに示し あなたに従う道を教えてください。」詩編25.4
信仰生活の巡礼の旅に出たあの日から今に至るまで、
幾度となく迎えた、痛みを伴う別れと
思いを振り切った旅立ちは、
今すぐ必要な天の父の愛へと幾度となく向かわせる
各駅停車の途中下車の旅のようです。
回心と新生の信仰の場で、
主の十字架を幾度も幾度も仰ぎ見る信仰の息づかいが響く狭い小道です。
いつも私の心は、揺れ動きます。
心から主に従いたいのですが、自分の欲望にも従いたいのです。
私の心は、神様に向かうのでなく、自分のことだけを考えてしまいます。
罪や失敗に打ちのめされ、寛容のなさに圧倒され、
罪の意識に身動きがとれなくなってしまいます。
心の闇から声がします。「おまえは、罪深くて神の赦しに値しない」と。
その声が私をとらえ、やがて偶像となり高慢として現れてきます。
神様の救いは、私たちの罪よりもはるかに大きいのです。
そのことを自分の心に言い聞かせなければなりません。
私たちは、罪に圧倒され神様の赦しを信じられなくなり自ら首をくくったユダではなく、
罪を悔い改めて主のもとに立ち戻って、激しく泣いたペテロの方を
選びとるように自分の心を導かねばなりません。
毎日の生活の中の、職場、家庭、通勤電車、そして教会の中でさえも
まぎれもない主の訓練の場、信仰の場です。
そして、そこにはいつもイエス様が共にいてくださると主に信頼しなければなりません。
その信頼は、別の言い方では信仰といいます。
私たちは、神様を愛しています。
この思いは、どこから来たのでしょう。
私たちが神様の足跡を見出し、私たちに触れてくださった愛の中から、
神様を愛したいとゆう願いが生じていることに気がつきます。
天の父への切なる思いに目を凝らせば、
その思いを生み出してくださったのは、天の父であることに気がつくのです。
孤独に沈むとき、天の父の愛のみ手に触れられているのです。
そして、主を慕い求める思いを静かに見つめれば、
まず愛されているものだけが愛することができることに
私たちは、気がつかされます。
「実際、神はわたしたち一人一人から遠く離れてはおられません。
皆さんのうちのある詩人たちも、
『我らは神の中に生き、動き、存在する』『我らもその子孫である』と、
言っているとおりです。わたしたちは神の子孫なのですから、~
神はこのような無知な時代を、大目に見てくださいましたが、
今はどこにいる人でも皆悔い改めるようにと、命じておられます。」使徒言行録17.27~30
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